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 広島市東区のトンネル  カゼコイ  2010年4月6日(火) 19:35
[修正]
お久しぶりです。

牛田新町のあたりにトンネル表記がありましたが、
ここは掲載されていましたでしょうか?

http://www.mapion.co.jp/m/34.4198925_132.4696825_10/

住宅地図では"作業用トンネル"と書いてありますが・・・。
何の作業用かはわからなかったです。

   taihei  2010年4月12日(月) 21:10 [修正]
ご無沙汰しています。

そこは、確か扉がついて閉鎖されていたような気がします。

何の穴だったかまでは覚えていませんが、
トンネルになっているとは思っても見ませんでした。
線形を見ると旧道っぽくもありますが、作業用トンネルということは違うのでしょうね。

位置的に牛田の浄水場関連かな?

 謎のトンネル  civil3129  2009年12月29日(火) 8:20
[修正]
はじめまして
楽しく拝見させてもらっています。
私の関係したトンネルも掲ってまして・・・
ところでこの道 (県道柳井玖珂線、柳井から玖珂ICへ向かう道) を
通るときいつも気になるのですが、交通量が結構あって
カーブなので、車止めて写真も取れないので、
グーグルからの航空写真ですけど
写真の○で囲んだところに、個人用と思われる『トンネル』が
あるんですよ、扁額のところに、家紋?が御影石で入ってて
どなたか由来、施工業者ご存じないですか。
場所は柳井市伊陸、大ノ口ですけど。

それから、悪いやつもいるもんで、トンネルの施工表示板が
なくなってました。盗られたのかな。
国道489号 山口市徳地野谷の『ゆずりはトンネルです』

   taihei  2009年12月29日(火) 19:18 [修正]
civil3129 さんはじめまして。

土木関係のお仕事の方でしょうか。
柳井の個人用トンネルは知っています。これ(写真)ですよね。
明らかに個人のお宅なので、ページは作っていませんが、私もいつか由来がわかったらなあと思っていました。本物のトンネルですし。


ただ私が行ったときには、門の向こうからおうちの方が「あやしげなやつ」といったふうにジッと見られていたので、声が非常にかけづらかったのです。写真もこれだけです。

あのあたりの旧家なのでしょうが…

ちなみに「梅」の紋とその上には鳩の像、そして「正門?」と言う文字が書いてありました。

   civil3129  2009年12月29日(火) 21:45 [修正]
そうです。
このトンネルです。
多分、この奥の家の個人用だと思いますけど
長さと断面を考えたら、
今のお金で1億はかかりますよね。


 そのトンネル  KAクン  2009年12月30日(水) 19:53 [修正]
そのトンネルは、僕も気になっていました。
トンネルの中に、板を積み重ねた?ようなものも置いてあるのが見えます。
軽トラがトンネルに入っていくのも見たことがあります。

 テレビで紹介  civil3129  2010年3月21日(日) 10:35 [修正]
このトンネル、山口ローカルの番組ですけど
紹介されます。3月27日です。
アドレスはこちら
http://www.tys.co.jp/program/chigumaya/Default.aspx
それから、橋銘版やトンネルの施工表示版を盗んでたやつが捕まりました。

   taihei  2010年3月21日(日) 21:05 [修正]
くーっ。先越されたぁ。

やっぱり地元でも密かに話題になってたんでしょうか。
思い切って話を聞ければよかったなあ。

週末ちぐまや家族、ぜひ見てみたいです。
土曜日なので岩国まで行ってワンセグででも見てみるかなあ。

銘版ドロボウ捕まって良かったです。トンネルで写真とか撮ってるといきなり誰何されそうな気分でしたから。

しかし、323枚で被害額1,383万円 = 1枚 42,800円
それを加工して(鋳潰して?)キロ250円とか…

 TYSの週末ちぐまや家族の内容  KAクン  2010年3月28日(日) 22:47 [修正]
山口ローカルの番組、TYSの週末ちぐまや家族で
紹介されました。3月27日です。
愛ちゃんがレポートにいっていました。

柳井市伊陸の県道70号前のトンネルは、藤山さんという人が
昭和11年から13年の3年をかけて
馬車でコンクリを運び、自分で設計して、シャベルとスコップで作ったトンネルで、藤山トンネル?
とでもよんだらいいでしょうか、個人所有、私道のトンネルだそうです。
中には、詩などもかいてあり
正面には「正門」とかかれていて、家紋があったり、平和のハトがあったりします。
上は、畑です。
幅3m、高さ4mで、農業の道具、小さいコンクリートミキサーなどもおいてありますが
軽トラも通っていました。

長き世よ、みじかきいのちのはかなさよ
これのみ残す、トンネルの門  という句が中にかかれています。
http://blogs.yahoo.co.jp/kazukun336jp/31706311.html

 「さぎをとんねる」??藤山トンネル、のほうがいい  KAクン   2010年3月29日(月) 9:37 [修正]
「長き世よ・」(TV放送は愛ちゃんが間違いなく、こう読んだのに)は、「長き世に・」でした。(HPやTV画面では)
TysのHPをみると、「さぎをとんねる」となっていますが
雨の日は、ここで作業をするそうで、「作業とんねる」という意味でしょうね。
藤山家のトンネルなので、仮称、藤山トンネル、のほうがいいような気がします。
また、HPでは、国道、となっていますが、県道(または主要地方道)ですね。
上の畑を残したいため、トンネルにしたそうです。

TYSのHPによると、
「キキョウの家紋が彫りこんであります。」
ということです。

   taihei  2010年4月12日(月) 20:59 [修正]
大変遅くなりましたが、

TVの内容を教えていただきありがとうございます。
実は携帯のワンセグででも見られないかと岩国まで行ってみたのですが、
なぜか受信出来ず残念な結果となっていました。

TVで紹介されたから行ってみてもお話が聞きやすくなっているかな?

 清水トンネル  海苔  2010年3月2日(火) 23:13
[修正]
データ違いですね(´・ω・)
村誌によると・・・
明治44年12月11日竣工 長さ180m 高さ4.8m 幅員4.6m
更に更に・・・昭和40年代に宇佐側八合目付近のトンネル側壁が老朽化により破損し漏水が発生し一時通行止めとなり、46年秋にコンクリ覆工による改修工事が行われたそうです

   taihei  2010年3月4日(木) 22:30 [修正]
情報ありがとうございます。

追加しておきました。
現状では昭和46年以降にも改修されているものと思います。
延長はちょうど100間ということでしょうか。
シ水ボリとの関係も気になるところです。

   海苔  2010年3月10日(水) 18:50 [修正]
んとね・・・
延長としては108間
改修については平成の頭にも行われているはずです

シ水ボリとの関連性については現在調査中断中です
三光村(旧)の中央公民館の文献を漁る必要がありますね・・・
深秣村に関する文献があるといいのですが・・・

 初めまして  TUKA  2010年3月4日(木) 0:57  HP
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こんばんは。「街道Web」管理人のTUKAと申します。
検索していたら偶然稲沢隧道のレポを見つけました。
さっそく内容をレポに反映&リンクに加えさせて頂きました。
宜しくお願い致します。


   taihei  2010年3月4日(木) 22:41 [修正]
はじめまして。

ご高名はかねがね。

福島県内は一昨年に東半分を巡ってみたところなのですが、
浜通りには消滅したものも含めてかなりの明治隧道があったようで、
また行ってみたいところのひとつになっています。
切立橋とかも行ってみたいところです。(山口県岩国市内にダム湖に沈む可能性が高いハーコート社製の元九州鉄道のプレハブ鉄橋があるということから何か親近感があるもので。)

遅ればせながらリンクもさせていただきました。
今後ともよろしくお願いします。

 柳瀬  海苔  2010年2月15日(月) 22:21
[修正]
とある書籍に柳瀬隧道のことを書いていたのですが(写真付き)、名称が『米山のトンネル』となってました
どっちが正しいのやら・・・
それと、道の駅院内のすぐ先、国道の荒瀬橋袂から左折し、川沿いに伸びる水雲横穴群へと向かう道の入口にある切り通しですが、この道は『町道上副・水雲線』と呼ばれ、切り通し部分には素掘りの『玄竜トンネル』というものがあったそうです
写真もありましたよ

   taihei  2010年2月15日(月) 23:31 [修正]
後段の隧道とは、これでしょうか。

その切通は通った記憶があります。
写真もあったかなと思ったらありました。
「玄竜トンネル」ですね。
廃止隧道に付け加えさせてもらいたいと思います。

 そうそう  海苔  2010年2月16日(火) 0:25 [修正]
ここですね
この右手に2〜3mほど低い位置に平場があり、旧荒瀬橋から続いています
この町道に入ってすぐ右手の階段を下りたところですね
突き当たりが怪しいとは思ったものの、土砂を排除する道具など無かったので確認は・・・
ひょっとするとひょっとするかもしれない物件です

データですが・・・著者によると
高さ 復員 竣工年
2.5m 2.5m 1841年
天保12年竣工で、同町の御沓地区(当時御沓村)の増右衛門が掘りぬいたそうな
測量ミスにより中央部で斜めに交差しており、高さは約4mほどになっていたそうです
中央部には墓碑もあったそうなのですが、現在行方不明

写真添付しておきますね

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