仲哀隧道 ちゅうあい 町道(旧国道201号)
福岡県田川郡香春町−京都郡みやこ町(勝山町)
延長 432.0m  
幅員 6.20m(3.60m) (改修前)
竣工  1989年(1929年) (改修年)
香春町側からアクセスしてみる。(勝山町側からでもアクセスは出来る)

入り口には『仲哀トンネル落石により通り抜け出来ません 香 春 町』とある。

実際に通り抜けは出来ないのだが,落石のせいじゃない。
「落石の恐れ」というのならまだわかるのだが。
きついカーブの道路を上り詰めてちょっとした平地に出ると,正面に旧隧道の坑門が見えてくる。一部植生に侵食されつつあるが,煉瓦色も鮮やかな美しいトンネルである。
石で巻いてある箇所がおそらく昭和4年の改修時に付け加えられた部分ではないかと思う。(装飾的な意味合いが強いもののようだ。)明治時代の当初隧道はもっと狭かった。

立派な扁額と要石。仲哀天皇が熊襲征伐の際にこえた峠だという。

石炭や石灰岩輸送などの便を図るために明治17年着工から5年の歳月をかけて田川郡と京都郡の共同事業として工事が行われたそうだ。

昭和4年には軍の要望もあって拡幅改修されている。
入り口付近は側壁部が切り石積み,後はコンクリート被覆されておりよくわからないがその内側は煉瓦巻かもしれない。
数十メートルでコンクリートブロック巻きに変わる。

そして,さらにその先は素掘り隧道と変わる。

確かに落石もあるが,基本的にはしっかりしているように思える。(基本は立ち入り禁止)
勝山町側坑口付近はアーチ部分にも煉瓦が残っている。
多少落書きの跡があるものの,切石部分は消されている。こちら側の坑口付近は漏水が激しい。

かつての照明器具の残骸やさび付いて文字も読めなくなった看板がいくつも転がっている。

それ以上に空き缶やペットボトル花火の跡が多かったのが気に入らないが。
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位置  
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