明谷/呑水トンネル訪問記 明谷トンネル 呑水トンネル その1 その2 
昭和7年12月12日,出雲今市(現出雲市)駅と出雲須佐間18.7kmに,「大社宮島鉄道」が,開通した。
名称から見てわかるかもしれないが,神戸川沿いに赤名峠を越え,陰陽の連絡を目指して建設されたものであった。
すなわち,現在の国道184号から54号のルートを通って,広島と出雲を結ぼうとした鉄道であった。

しかし,出雲須佐から先は当初からの経営不振,3度にわたる大水害などにより,陰陽連絡どころではなくなり,建設する状況になく,一畑電鉄と合併し,一畑電鉄立久恵線として再出発したが,経営不振と水害を理由に昭和40年2月をもって廃止された。
廃止の際に,島根県へ敷地を無償譲渡し,県道改修用地に当てるとの約束がなされ,6箇所あったトンネルのうち,5箇所が県道に転用された。

そのうち,桜隧道は開削後埋め戻され,峠の頂上に宇比多岐トンネルが新たに建設され,宇和佐トンネルは,2車線化の際に一方通行の隧道となっていたらしいが,現在は開削されている。

さらに,乙立隧道は拡幅改修され,殿川内トンネルと名称変更され当時の面影もない。
現在では,立岩隧道が当時の素掘りのままの姿を留めて通行可能であるほか,道路転用された後,県道(現国道)の改良(昭和55〜6年頃)まで利用されていた明谷,呑水の連続した2本の隧道が,封鎖された姿で残っている。

出雲市側にある明谷隧道はコンクリートで巻きたててある(一部コンクリートブロック)内部の舗装もそのままだ。

とりあえず,倉庫というか廃品置場に使われているようではある。
天井の高さが,元鉄道トンネルらしさを醸し出しているほか,鉄道トンネルによく見られる人間用の待避所が設けられている。
出雲須佐側の出口はなんだかゆがんでいるように見えるが,たぶん向こう側のロックシェードの屋根が傾いているので目の錯覚であろう。

ロックシェードの向こうに口をあけているのが,呑水隧道である。
いったん出口を出てから,振り返るとやっぱりゆがんでいるようには見えないから,目の錯覚だったんだということがわかる。

錯覚というか錯視
ま,とにかく建設当時にはロックシェードもなく,煉瓦巻?(コンクリートブロックかもしれない)であったかのような写真があったりするのだ。
現在は,道路転用時に改修されたものか,面影はない。
明谷トンネル 呑水トンネル その1 その2